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ピアニストな日々。

・・・*Pianist 小ノ澤 幸穂 Official Blog*・・・美しい響き、豊かな音色を追い求めて。いつも、心に音楽を・・・

論理派(左脳系)さん向けの《右脳》を使った練習法

前回の記事 感覚派(右脳系)さん向けの《左脳》練習法 に引き続き、今回は、

~論理派(左脳系)さん向けの 《右脳》 を使った練習法~

の前に、長い長い「前置き」があります。
しかしながら、この「前置き」に  今の私の想い が詰まっているので、どうしても書きます(笑)
このとても重要な前向きから、自然に練習法の話に入っていくという内容になっております。。

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論理派(左脳系)な皆さんは、ずばり、左脳の働きが冴えています!
自分が今やっていることに対して、非常に意識的であり、常に分析して捉えているのを感じます。
自分の考えや思ったことを、言語化して説明するのも上手ですね!
また、人の話すこと、言葉の意味を瞬時に理解する力に優れていると感じます。


言語脳が発達された左脳系の方々にとっては、私のような感覚人間が非常にフワッとしたことを申し上げると、
「うん??どういうこと??理屈は??」という???な反応が返ってくることが過去多くありました(笑)
過去の私は、何かを人に伝える際、非常に「擬音」が多かったのもその一つでしょうか(長嶋さん的なやつです)


しかし、私は教え伝える立場におりますので、このような緊急事態を迎える度に、危機を感じておりました。

生き残るために左脳が必要だったのです。←大げさ?


そして、私の左脳はお仕事を通して鍛えられていったのです!!


左脳をどこかに置き忘れて生きてきた私が、左脳を取り戻し、左脳を使えるようになり、このように言葉で理路整然とまとめられるようになったのも、論理派・左脳系の皆様のおかげなのです!!


そんな私は、脳みそのバランスが整ってきたことにより、右脳系さん・左脳系さんそれぞれの特徴がはっきりとわかるようになり、ピアノの練習方法、取り組み方、熱の入らせ方の違いのようなものをゲットしました。
それからは教えることがとても意味のあるものだと強く感じ、レッスンとは、ピアノを通した人格形成であって、無限の可能性を広げるためのお手伝いなんだと、そんなマクロレベルな所に落ち着きました。


要するに、ピアノの上達だけが目的なのではない ということです。


ピアノの上達は、人として向上すること。⇒人として向上することは、自分を知り、他人を知ること。⇒自分を知り、他人を知るということは、心が豊かになること。⇒心が豊かになると、たくさん幸せを感じることができる


こんなところまで行き着いてしまいました・・・(´Д`)


ですので、前回の練習法の記事しかり、今回の練習法の記事もそうですが、私の中では上に書いたようなマクロレベルでの思いがあるということなんです。練習法はミクロレベルのことなんです。


以下本題↓

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論理派な左脳系さんは、ピアノを弾くときに、非常に意識的だと感じます。
意識的であることは大事なのですが、そればかりですと、感覚的に音楽の流れを運びづらくなるのです。
この感覚的に運ぶというのは、音楽の命、呼吸のようなもの。
例えばリズムの感じ方、テンポの作り方、これはメトロノームで測れるものではなく、ましてや、「ここでこのタイミングで!」と言ったベスポジがあるわけでもないですよね。。。

「じゃあ、どうするのさ?」と、
どうしても理論・理屈を認識しないと不安になってしまう左脳系さんだと思います((+_+))

「直観的に♪感覚で、センスでいいよ♪体で感じて!!」とこちらがお伝えしたところで、
どうしても体より頭での分析が先にないと、不安かつ混乱してしまう左脳系さん。


どうにかして、感覚的・無意識的に音楽を運ぶには、

  歌うこと (^O^)/  
 を習慣にされるといいなぁと思います!


実際にメロディを声に出して、歌ってみるんです。
歌ってみると気が付くことがたくさんあるはず。

「音の高低って、ピアノだと簡単だけど、実際に声を出してみるとこんなに大変なんだ~♪」
「ここは何となくしっかり歌いたいけど、ここは何となくサラッと進みたいな~♪」
「よし次は、ベースを歌ってみよう!内声の動きもここにあるから歌ってみよう~♪」

と、なるはず!!


テンポの変化が譜面上に記されていない箇所だとしても、音楽は常に変化しています。
テンポルバートは常に存在している のです♪
(テンポルバートの法則は作曲家によって異なるのですが、ここではその話は致しませんです!)


それらを感じるためには、頭ではなく、体で感じるのが一番です。
1音1音を捉えるのではなく、フレーズで感じる。
歌ってみてお気づきの通り、1音1音捉えませんよね?メロディラインで感じましたよね?


耳は1音を聴くのではなく、フレーズ(区切りのいい所までのメロディーライン)を聴く。


その時に、少なからず ☆弾いている手から意識が離れ、耳が主体になる☆ となったら、
ずばり、右脳の働きにエンジンがかかった証拠ですよ!!!


それがまさに、感覚的・無意識的なものだから!!

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はてさて、前回・「右脳に左脳を足す練習」、今回・「左脳に右脳を足す練習」を書きましたが、
皆さんは自分がどちらよりのタイプか何となくお気づきでしょうか??
人は多面的な性質を持っていますが、少なからず、傾向はあるのではと思っています。
それが、音楽、ピアノの演奏に必ず現れているものです。


長い長い前置きにも書きました、私のマクロ的思い。
そして、そこに到達するためであるミクロ的な練習法。
皆さんのお役に立てますように。

   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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感覚派(右脳系)さん向けの《左脳》を使った練習法


今日は、表題の通り、~感覚派さん向けの《左脳》を使った練習法~ をお話しします。

感覚派さんとは、ずばり、右脳の働きが冴えている方のことです!


右脳の働き⇒(イメージ脳・直観・感性・無意識処理・自動処理・理解記憶を求めない)


具体的にお話しすると、右脳系の子は、とにかく無意識に直観的に弾きます。それも、とにかく楽しそうに♪
その演奏は音楽的表現に満ち溢れています。
そして、その表現は、決して頭で考えたとか、計算して生み出したものではないのです。
時に動物的に(笑)なんせ、直観でやってますから♪
それは、とっても愛すべき素晴らしい才能。ですが、どうしてもそれだけですと色々な問題が発生します。。汗


例えば、予期せぬミスが多くなったり、緊張した時に暗譜が飛びやすくなったり、気持ちが前のめりになり過ぎて指が付いていかなくなる、などなど・・・(見ていて愛らしいですが(笑))
弾いていてふわふわした感じが体感としてあり、体も気持ちも落ち着かない。←何を隠そう若いころの私


そんな右脳が発達していて、左脳が眠り気味の生徒さん(小学生)数人に、ある事をやってもらいました。
※ちなみに、どちらの脳が発達しているのかは演奏を聴けば一発で分かります!(実際は少し話をするだけでわかる!!)

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《左脳で考える力をプラスする練習法》 

以下その方法を書きますが、まず、眠っている左脳スイッチを起動しなくてはなりません。
これらをすっ飛ばしていきなり練習法だけやると、恐ろしいこと になるので絶対にやめてほしいです。。。

恐ろしいこと とは⇒ピアノがどんどん嫌いになるという意) (;''∀'')

何故かというと、感覚的に無意識的に表現することが自然な人たちに、説明もなく強制的に不自然な弾き方、表現を遮らせる弾き方を押し付けることになりますから、それはもう嫌いになるどころか、その子の成長に悪影響をきたします。昔は教師がこのような強制的指導をするレッスンが多かった。これはもう、本当に最悪!!絶対にダメ!!


★★左脳スイッチ起動処理方法★★

右脳の働き⇒(イメージ脳・直観・感性・無意識処理・自動処理・理解記憶を求めない)
左脳の働き⇒( 言語脳・理論・理性・意識処理 ・手動処理・理解記憶を求める)


1.右脳と左脳の働き(それぞれの機能)の違いを本人に理解させる。「へ~、そうなんだ~♪」

2.自分の表現力は素晴らしく湧き水のように勝手にわいてくる事を本人に認識させる。「僕は、私は、右脳なんだ~♪」

3.その湧水を水道の蛇口のように、出したいときに出したい量が出せるように、コントロール出来るようにしたいね!ということを共有する。「確かに、いつも我慢できないや~♪」

4.自分の溢れる感性を、もっと生かすために、この練習方を取り入れるんだ、と認識させる。「もっとうまくなりたい~♪」


とにかく、なんでも直観的に感覚で捉えてしまう右脳さんなので(笑)
練習法に入る前にこれらの段階的説明を根気よくする!!←これ重要
ここをめんどくさがると、意味がないというか、また感覚でやっちゃうので、右脳さんは(笑)


これらが本当に理解できたかを確かめるには、「〇〇〇~♪」と書いたように、本人に言語化してもらうことが大事。
自分の言葉でスラスラ理屈を言ってくれたら、いよいよ左脳が動き始めたサイン!

こちらも、しつこく、忍耐強く向き合って・・・
「大丈夫だな」と確信を持てたら、練習法に入ります。

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これからやる方法は、あえて、得意な右脳を使わないように.。



要するに、感覚で弾かない。

無意識に弾かない。


ゆっくり1音1音、次の音を考えながら、指を止めながら弾く。


そうすると、絶対先に行きたくなる、溢れ出しそうになる、絶対。

1音1音(和音の場合も)我慢!!溢れるものをゆっくり、指一本一本に入れ込むように弾いていく。


手全体に入れ込むように、手ごたえを感じながら、指を置いていく。


体全体に入れ込むように意識を集中して。


それはもう、止まりそうな遅さでね。。。( ;´Д`)

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(あ~つまんない!せっかくの音楽が台無し!こんなに溢れたいのにできないなんて!!)

って思いそうでしょ?


でも、絶対にそうはならない。


なぜなら、「目的がはっきりしているから」


目的がはっきりしていると楽しくなる!どんどんやりたくなる!というとってもポジティブな心理。

《溢れたくなる自分を自覚しながら、それを我慢してコントロールをしている、その工程を楽しめる♪》


自分を知ることに繋がる、とても能動的な行為なのです!



「目的のために、あえて、僕は私はこういう練習をしているんだ!と、《本人が》認識している」
ということが練習を意味あるもの、楽しめることの一番のポイントです。


これはきっと、人生のすべてのことにおいて、大切なことだと思います。


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私はこれを 「あえてつまらない練習法」 と命名しました。


この「あえて」が大事なんです。とっても俯瞰的で、実に素晴らしいじゃないですか(笑)
そして、名前は酷いですが、この「あえてつまらない練習」の成果たるや、凄いものでした。
1週間後のレッスンで、これを取り入れた右脳系生徒たちは、技術がアップ!てゆーか単純に上手くなった!
そして何より、その持ち味である表現力はそのままに、それを必要に応じて溢れる分量をコントロールできているではないですか!!

持ち味の《右脳》の働きはそのままに・・・
そこに《左脳》の働きが加わったことで、バランス感覚を手にしたのです!!



「あえてつまらない練習」・・・すごすぎる。

想定外に長くなりました。。。左脳系の方に《右脳》の働きを取り入れる練習法は次回!

   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
     

過去の自分を癒そう。(というわけで、長文です)

    写真 (178)


写真はポーランド、ワルシャワにあるワジェンキ公園です。この時は5月、新緑の頃。生い茂る緑と、まるで水の中にいるような空気感が不思議な公園でした。私たちはもともと、お母さんのお腹の中で羊水に浸かっていたわけで、公園内のそれはまるで羊水の中のようで(笑)ふわふわとした白い綿毛が公園内に飛んでいたのですが、それもまた夢の中のようで。鳥たちのさえずりも、たくさんのメロディを奏で、日本で聴く鳥たちの声とはまた違った、やはり西洋の音楽を感じる旋律でした。


今日は、自分の過去のことを書こうと思います。
やっと、書く勇気が湧きました。



私は元来、物事を深く考える前に、ただやりたくてやってるとか、ただ好きだからやってるとか、感覚のかたまりみたいな人間でした。音高受験の際、ソルフェージュを習っていた有馬礼子先生から「トップのほうで入ったわよ!」と言われ、それを聞いても「へぇ~、そーなんだ!」くらい、他人からの評価を全く気にしない人間でした。だがしかし実際に音高生活が始まり、何だかヒシヒシ伝わる競争の空気。。点数で評価される自分の音楽。
繊細過ぎる私は、なんと!高1の夏の時点で、学校に行く道を間違えて迷子になるくらい病んでいました(笑)←はやっ
その後も徐々に自分自身が何だか分からなくなっていき(笑)←やばい
毎度の実技試験の点数が全く冴えないものになっていきました。←かわいそうな私


ですがね、私の先生(佐川草子先生)は、私の音楽をいつも「好きだ、素晴らしい」と言ってくれました。モーツァルトが大好きな先生で、私がどのソナタを弾こうかと迷っていた時は「あなたならどれを弾いてもいいわよ^^」と優しく言って下さいました。私のレッスンをいつも楽しみにして下さっていたのがよくわかりました。先生ご自身、学内での評価基準、音楽感に対して疑問を持たれている方で、審査をする立場に立った時のお気持ちをよく話して下さいました。。

私の音楽が萎縮した時は、「歌って」「あなたは歌っていればいい音楽ができるから」といつも仰って下さいました。
私の事を本当によくわかって下さっていたなぁと、今も本当に感謝しています。


そして、学内で点数の出ない私でしたが、やっぱり弾くことが好き。大学2年の頃から演奏活動を始めました。そして、コンクールやオーディションを受けると、なぜか審査員の先生から「素晴らしい音楽をありがとう!」と声をかけられたり、とあるオーディションでピアニストの神野明先生に「シューマン弾いた子だよね?いや~、素晴らしかった!」と仰って頂くなど、不意打ちで自分の音楽を認めて頂くということを体験しました。


そこで私は思ったのです。
みんなが感動してくれてるのに、なんで点数が出ないんだろう。。。


そして、気づいたのです。
私に足りないものは、《技術》なんだと。


それに気づきながらも、術を知らず、音大という箱の中で、どう頑張ればいいのか分からず、人生を迷走していました。
何とか無事に?学生生活を終えた私は、技術の習得の前に、まずは「純粋に音楽を楽しんでいた、もとの自分に帰る」必要があったのです。それにはとてもとても長い時間を要しました。今思えば、とても苦しかった、、、かな?(笑)


そんな、重症な私がどうやってそこから抜け出したか!


それは、ポーランド・ワルシャワで5年に1度開催される、ショパン国際ピアノコンクールでした。
2005年、遠く離れた日本にいる私は、ライブ中継(時差で真夜中)を半分寝かかりながら見ていました。何人かの演奏を半分夢の中で聴いていました(笑)


で、出会ったのです。



ブレハッチの弾く「小犬のワルツ」でした。



世界的コンクールで小犬のワルツ??と思いながら、演奏が始まるや否や、私は彼の音楽に吸い込まれました。


そして、号泣。


もう理屈なんてなくて「ショパン!!」って思ったんです。「わぁ~!!」って。こんな感覚は初めてでした。
明らかにその時点から、自分の中の何かが大きく変わりました。
その日からの自分の行動が、今現在の自分に繋がっていることを全身で感じています。
(実際その数か月後に渡欧、色々なミラクルが重なり、ご本人と直接対面。あの時の感動を直接熱く伝えることができたのでした。)


日本という枠から抜け出す機会もあり、西洋の先生方の生み出す音楽を浴び、今まで聴いたことのないような響きに驚愕し、たくさんの感動体験をし、共に切磋琢磨する友人たちと出会いました。これらの体験があり、少しづつ、本来の自分を取り戻して行ったのです。


その後はひたすら《技術の再構築》を地道にやってきました。奏法を研究されている大野真嗣先生にも出会い、音楽に対してかなりシビアな先生だと認識していますが、私の感受性をとっても褒めて下さり、「奏法を変えないと勿体ない!」と。お教え頂いたことを自分の中に落とし込むために努力することは、とても楽しいものでした。何故なら、どんどん上手くなるからです。技術が磨かれることを、体で実感できるのです。そうなると、自分のやりたい音楽がどんどんとコントロール出来るようになっていくので、さらに磨きたくなる。そして、楽譜に書かれている音が立体的に読み取れるようになり、作曲の中身のようなものが見えるようになって行ったのです。


技術=奏法 です。
奏法は、歌で言うところの「発声」です。
体の使い方です。


豊かな音楽性を持っている、感受性に優れている方こそ、技術=奏法を知り、磨くべきなんだと、声を大にして言いたいです。何故なら、その溢れる感受性を音楽で表現するには、確かな技術が必要だからです。感覚やイメージなど、抽象的なものだけで弾いていくのには、やはり限界があるのです。私は、私が経験し、学んできた全てをお伝えして行きたいと思っています!

最後までお読み頂き、ありがとうございました m(__)m

  小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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主観を語る

先日、リサイタルのことを友人と話している中で、「主観」ということについて考えを巡らせました。
そもそも自分の持つ「主観」とは、その対象に対して自分がイメージしたものの表れです。
例えばショパンに、ベートーヴェンに、自分がどう感じるのか。
実際演奏していると、かなり細かい所に入り込み、このフレーズのこの1音に、この和声の変化に、自分は何を感じるのか、という自問自答の期間というものが自ずとやってきます。
そこで感じたもの、ある種の答え、それを「主観」と提示してみます。

作曲家のパーソナリティやメンタリティを作品から読み取っている、はたまた文献からの情報で背景などを知っているから、という事もあるかもしれませんが、それは裏付けのようなもので、要素としては少ないと感じます。
やはり「音楽」に「私」が入り込み、混ざり込んだ結果生まれてきた答え=演奏。これがいわゆる「主観」かなと。

何故このような答えの出ないような事に考えを巡らせたのかと言いますと、(それが芸術の醍醐味だけど)例えばプログラムノートやトークに、何拍子だの何形式だのといった情報は必要なのであろうか?と言った所から始まったわけです。
もちろん、作曲にはきちんとしたルールがあり、形式があるわけですが、それは弾き手が分かっていればいい事で、聴く人にとってそれらの情報は音楽を難解なものと、頭で考えさせてしまうのではないかと思うのです。

例えばその曲のイメージを自分の言葉で、「私はこう思っているのです。」と語ってはダメですか??

う~~ん


例えばコンクールで、みんな同じような演奏をしている、などと言われることがありますね。
コンクールというのは、点数を付けられる場なのです。
そこでは時に、審査員の好み・主観で振り分けられる恐れがあるので、自分の本当にやりたい表現を抑え、無難な演奏に徹しているからとも言えます。
先生からコンクール用の演奏(減点されない演奏)を習ったからというのもあるでしょう。


う~~ん

そうしますと、1位も2位もない、個人のリサイタルというものはいったい何なのか。


再現芸術の面白さって、『クラシック音楽のルール、各々の作曲家の体系を守り、それを壊さずして、その中で1音1音に微調整を加え自分の色を付けていくという、スリリングかつ緊張感のある時の流れを作ること。』だと思っています。
完全に準備されたものに、その完成された世界観を壊さずして、「私」をどう調和して、それを音楽としてどう開放していくかという、まるで「イタコ」のような、そんな行為。
それが演奏家の役目だと思っています。


今日はめちゃくちゃ主観を語りました。


そうそう、演奏における主観とは、あくまでも基礎となる楽曲分析、技術があったうえでのものです(^-^)


   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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ファミリー向けなコンサート

室内楽とオペラの饗宴、無事終演しました!!ファミリーに喜んで頂ける楽しいプログラム。子供達の笑い声も聞こえたりして、とても良い雰囲気でした。個人的にはこのようなタイプのコンサートは久しぶり。当初お話を頂いたときは、せっかく弦が揃うのだからピアノトリオなどがっつりクラシカルなものをやりたい!と希望したのですが、今回は軽めのコンサートにしようとのことで、親しみやすい演目となりました。共演の皆さんとは、3回程の練習でしたが、一緒に音楽を作って行く過程がとても楽しく、色々と感謝の気持ちでいっぱいです。それと同時に、ソロは孤独だなという事も改めて(笑)

     

出演者全員で終演後に。私のドレス、ステージでは照明が反射してかなりのキラキラ感だった模様です。自分としては地味なつもりでしたので、嬉しい誤算(笑)

今回、ピアノ6重奏という特殊な編成でしたので、それぞれが準備している譜面が違うため、実際合わせてみるとハーモニーがはまらないことがあり、各々譲り合ったり、アレンジを加えたり、譜面の切り貼り準備が少々大変でした。個人的にはチャイコフスキーメドレーで、ピアノコンチェルトを弾けたことが幸せ。もうちょっと長く弾きたかった(笑)
     
     
     
     

お越し頂いた皆様、共演者の皆様、サポートして下さったスタッフの皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。

さて、11月26日のソロリサイタルに向けて、そろそろ意識を整え…というところです!

  小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(水)
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指が回らない!と悩んでいる方、指を動かせば動かすほど、弾けません!!

これは小中学生の生徒さんのみならず、大人の専門家の方にも言えるのですが、いわゆる速い曲や、速いパッセージ。16分音符や細かい音のフレーズですね。そこに差し掛かると、指の周りが悪い、固くなってしまう、上手く弾けないという悩みを持つ方が多いことを、レッスンの中で実感しています。

「指が回らないんです」と、一生懸命指を動かして弾こうとされるのですが、その「指を動かす」行為そのものが、弾けなくさせている原因なんです!言い方を変えますと、指を回そうとするから、弾けないのです。

難しいことは考えず、まずは指がバタバタと暴れない状態にしてしまうのが早いと思います!奏法のことを書いたカテゴリーもご参照ください→奏法についてのお話。基本的な土台になる手のフォームを、まずは作ってしまいましょう!


このフォームにした時に、手のひらを含め、指全体が根元からグイっと集まるようになっていたら正解です!

①手首下側の支えを常にキープする。
②最初の頃は、意識的に手首を高くして、手のひら全体を感じて弾く。
③1指側の支点(1指の付け根&1・2指間の筋肉)と5指側の重心の、両バランスを常にキープ。→V字の筋肉
④2-5指、手のひらの第3関節のスポットにある筋肉(虫様筋)を寄せ、1,2ミリ持ち上げる感覚を常に持つ。

鍵盤に触れる前から、このフォームをあらかじめ造ることが重要です。

その状態で鍵盤にもたれるように入っていく・・・↑
または鍵盤にもたれてから引き出すように・・・↓


手首の下側で支え、手のひらにある必要な筋肉(レッスンでお伝えしています)をピンポイントに意識し、それらを支えとし、腕の重さを乗せることによって演奏するのですが、これができるようになると、指の動きが圧倒的に減ります。そして、筋肉を使うことによって、手のひらの支えが生まれ、それが直結している指に繋がり、手全体の安定が増すのです。ほとんど手のひらで弾くような感覚ですので、これが実際にできると「弾いてないみたい!」「何もやってないのに、弾けた!」という感覚を覚えます。

これを知ると、「指が回らない」という発想そのものがなくなります。

なぜなら、指を回す必要がないので(笑)
あえて言うなら、「指が回らない、指の動きが悪い」のではなく、「指の安定が得られていない」という表現になると思います。
それは必要な筋肉(屈筋)が育っていない場合と、脳が認識してくれていない場合が殆どですので、時間をかければクリアできることです♪他の理由としては、重心が上がってしまっていたり、どこかを不必要に緊張させていないか・・・全ては体全体の連携です!

   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(水)
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重心を丹田に落とす→→→呼吸が深くなる

「緊張している」 という状態を、「あがる」と言いますが、体的に見てみると、本当に上がっている事がわかります。
ではでは、いったい何が上がっていると思いますか??

それは、重心です。

重心が上がっていることで、呼吸が浅くなり、呼吸が浅くなると心がザワザワしてきます。これはまさに、緊張状態。
また、重心が上がると、上半身が力んでしまうので、肩が固まって上げたままになってしまったり、腕や手首、手自体が緊張を起こし、思うようにコントロールが利かなくなります。

ということは、逆の発想で、あらかじめ緊張しない体の状態にしておけばいいということです!
すなわち、重心を下げておけばいい。

では、どこに重心が来ると、体はうまく機能するでしょうか??
それは、おへその5センチほど下。そして、お腹の中5センチほど入った所。

丹田です。

        丹田

ピアノ椅子に座った状態での場合、「姿勢をよく!」と思いすぎて、背筋を沿ってしまうことがあるのですが、その状態も重心が上がっているので上半身に力みが生じます。

上がっている重心を下げる方法。
以下のことをやってみてください!

①お腹を落とす(おへそを下げるイメージ)

②背中を感じる(胴体を広げるイメージ)

③左右の肩甲骨の間を広げる、緩める


この3つを意識してやってみると、肩の力が抜けることを体感できるはずです。
上半身が楽に解放され、呼吸がしやすくなったことに気付くはずです。


「重心が常に腹に落ちている=腹が座っている=丹田に落ちている」

この状態で演奏すると、いわゆる重力奏法が素晴らしく体現でき、響きをまとった音、よく通る音を楽に出すことができます。(もちろん奏法を学びながら♪)

何より、呼吸が深くなることでリラックスでき、脳にも余裕ができるため、緊張から解放されます。
結果、パフォーマンスの向上に繋がります。

ピアノを習われている皆さんは「呼吸して!」と指摘されることが多いと思います。と同時に、呼吸の仕方がわからないという方も。このことも重心に関係していますので、是非上記の方法をお試しくださいね!
重心が上がっていると呼吸は上手くいきませんので、是非、重心を丹田に落として、深い呼吸を体感してみてください。そこから、自然と音楽の呼吸に繋がっていくことを実感できるはずです。

   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(水)
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今の指導、どうですか?

皆さん、ピアノを弾く際の手の形はどうなっていますか?どのような指導を受けていますか?

手の中にタマゴが入るように
手を丸くして
指を上にあげてから
指先を立てて固定して

ぜーんぶ、NGワードです(T-T)

特に小学生の皆さん!幼少期(4歳から5歳)にピアノを習い始め、この弾き方で行き詰まりを感じ始めるのが9歳から10歳頃のようです。私の元にご縁があって辿り着いた生徒さん(親御さん)は、この行き詰まりを、「弾き方に問題があるのでは?」と気付かれた方ばかりです。

日本での指導は、未だに古い奏法が蔓延している事を実感しています。間違った奏法、それは弾き辛く、、何故弾き辛いかというと、体に合っていない弾き方だから。実にシンプルなんです。

その間違った奏法を教えている教師が多すぎます。。もう、本当に。。実際、先生自身が、その弾き方で上手く弾けているのでしょうか?いわゆるバッハ モーツァルト ベートーヴェン ショパン ドビュッシー などのきちんとした作品を、その弾き方で美しく流麗に弾けているのでしょうか?

そもそも、子供向けの教本は、何のためにあるのでしょうか?

いずれは、たくさんの名作曲家が残した素晴らしい作品を演奏するためですよ。そのための準備として、教本や子供向けの作品があるのです。その段階で教える(教わる)奏法が、後に繋がるのです!基礎なんです!!重大なんです!!!

本当は楽に弾けるものを、教師がその知識と技術が無いために、弾き辛いスタイルを押し付け、生徒がなかなか弾けないのを見て、やれ練習が足りないやら才能がないやらと、見捨てる。。これって、恐ろしくないですか?私からしたら犯罪ですわ(笑)ハッキリ申し上げて、弾けない人が、弾けない人を増やしているのでは??(T-T)(T-T)(T-T)


たくさんの情報が溢れるこの時代。何が正しくて、何がおかしいのか、自らキャッチする力が必要です。

気付く人は、気付いています。
今まさに、そういう新たな時に入っていると感じます。


私は、気付かれた教師側の皆さん、生徒側の皆さん、それぞれの立場にいる方にレッスンしています。ご縁のある皆さんが、自らが弾きやすくなり、いい響きを導き、今まで苦手だと感じていた色々が得意になり、好きになり。それらの全ての発見と体感を、広めていってほしいと願います。

 小ノ澤幸穂ピアノリサイタル  2017年11月26日(水)
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神保町なにわ、41年間の歴史

神保町で41年間、私の両親が経営してきました「なにわ」が7月28日(金)を持って、閉店いたします。振り返れば、36年目にして父が難病ALSで他界。その際にはお店を閉める予定でおりました。しかし近隣のお客様のお声がけでビルを移り、母が引き継ぐ形で5年間頑張って参りました。

新店舗にはグランドピアノを置き、コンサートや様々なイベントを行ってきました。落語会、歴史講座はシリーズ化し、それらを楽しみにして下さっているお客様もたくさん。今回、ビル老朽化に伴い、とても残念ですが閉店の流れとなりました。41年をここで簡単に言葉で表すことは私にはできません。とにかく、「なにわ」で小ノ澤家は成り立っていたわけで、私はピアノを続けてこれたわけで、たくさんの出会いがあって、たくさんの人生が交差して。父が生きていた時、夫婦の食卓での会話のほとんどがお店のこと、それもお客さんのこと。二人にとってお客さんは、家族なんだなぁと思います。

       

先日は閉店のことを聞いた友人達が駆けつけてくれました!その場で「何やろっか~~!?」と大騒ぎし、何だかんだでたくさん遊んじゃいました!途中はお客さんが弾いたり、歌ったり。そして、なんと!母も「歌いたいー!!」と言い出し(笑)合唱!!友人たちがあまりにもオープンマインドで音楽をしてくれたので、お客さんに火をつけ、それが母にまでも飛び火し、幸せの連鎖。みんなの愛を感じすぎて、ずっと感動してました。頑張って普通にしてたけど(笑)泣くの嫌だから、どうせ止まらなくなるから。でも、この写真を撮ってくれてた友人は動画を撮りながら泣いてましたTT

      
 
      
      
      


「パパが亡くなった後の、ママの頑張れるモチベーションはどこから来るのかな・・」と友人に言われました。そのことを、私はずっと考えていました。また別の友人が、「パパの大事なお客さんや、パパの大事な宝物を守りたい一心でがんばってきたのわかるから」と言ってくれました。私は自分の親のこと、よくわかっていないのかもしれませんね。


いっつも周りの友人が、ふとした一言で、私に教えてくれます。


母は、本を書いています。
なにわのこと、人生のことを、綴っているそうです。

   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(水)
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自分の真似をしない~節目の年にリサイタル~

7月5日、晴れて40歳になりました!信じられないですが(笑)反対に、やっとここまで来たか、という感じもあるのが不思議。感情というのは面白くて、どちらも本心なんだけど、外向きの本心と、自分の魂的本心というのが常に一緒にあるものですね。そこが自分でわかっていて、コントロール出来ていれば人生はハッピー。

ところで、10代はとにかくたーーくさん吸収し、いいものとそうでないものを判断する直観を磨く。20代は時に暗中模索しながらも、ひたすら沢山の経験を積む時。30代はその経験を実績とすべく、きちんと思考しながらも確かなものとして確立していく時。

さて40代は...その経験と実績をさらに深め、知識と技術を安定させる事に挑戦する時だと思っています。一見、歳をとるごとに直観よりも思考に頼るようになるのか?と思われがちですが、そんなことないない!!むしろ知識と経験が増えれば増えるだけ、直観は冴えていきますし、ここぞという時にビビッと来ますね。

そんな中、自分の音楽はどう変わっていくのか。目指したいところは何なのか。こればかりはきちんとした本番を迎えるしかない!ということで、リサイタルを致します。

     

     

目指すところは「自分の真似をしない」ということ。演奏者は常に、習慣的に身体に入っている演奏表現を自動的にしてしまうものです。新しく技術を手にした時、音楽だけでなく、人としての変化、自分自身の成長を実感している時。そんな時は、前の慣れ親しんだ表現から抜け出し、新しい表現に挑戦する。これはとても大変で難しいですが、ここを越えると、その先の飛躍は大きいです。

プログラムの中身については、また別の記事で(*´-`)

洗脳から解かれる日

怖いタイトルを付けましたね(笑)これを読んでいる皆さんは、プロアマ問わずピアノに熱心な方だと思うので、そんな皆さんのほとんどが「洗脳」を受けているのでは?と思う今日この頃です。ポジティブなものならいいですが、自信を失うような、本来の自分に蓋をしてしまうようなネガティブな意味での洗脳を、親御さんや指導を受けた先生からもらってしまっていることが、少なからずあるのではないでしょうか?第一線で活躍されている超有名なピアニストさんでさえ、この洗脳をご自身の中に認めていることを以前何かの記事で読みました。そして、その方はご自身の中で、もうそこから抜け出してやっていける時に来た、演奏が楽になったと仰っていました。これを読んで救われたピアノ弾きは多いのではないでしょうか?私も、はっとしましたよ、それを読んだ時は。


努力とは苦しいものだと、誰が決めたのでしょうか??足りないものを埋めるばかりの練習、苦痛じゃないですか??良いところを伸ばすというアプローチではダメなの??練習めっちゃして手が痛くなった!!って、え??それ美談でもなんでもないですから!!それは「技」がないからです。弾くという行為の、体の正しい使い方を知らないから。大事な道具である手を痛めて、弾けなくなるなんて、本末転倒。。プロだったら、体をとにかく大事にするものです。徹夜で練習?ありえない。本番の前日はしっかり寝ましょう。。苦悶しながら練習して、ぶっちゃけその状態で弾いていて幸せですか?このスポ根的練習スタイル、それを楽しめてるとしたら、よっぽどのマゾかナルシスト(笑)でもね、それができるのはせいぜい30歳までですよ。先がないんですよ、そのやり方だと。。。もう少しそこは合理的に考えて、練習スタイルを改めてみませんか?手に違和感があるのなら、奏法を見直す時です。


先生は神様ではありません。だから、狂信的にその先生が言う事全てに一喜一憂する必要なんかないです。先生からはアドバイスをもらったり、明確な技があればそれを教えてもらい、というか盗む(ありがたく!)。あとはそれを自分のものにするべく、楽しく練習や本番を積み重ねればいいんですよね。ちなみに私は学生時代、指の上げ下げで弾くハノンの練習、とにかくやりなさいと言われていましたが、一切やりませんでした(笑)本能的にだと思うのですが、脳が拒否したんでしょうね。。今思えば、10代から20代中盤、現在の奏法の知識はなかったにもかかわらず、ハイフィンガーにはならなかったのは、私の体という本能に基づいた直観だと思っています。


私のもとに奏法を直したいと習いに来て下さる方も、みんなそんな直観を持っている方々です。ただ、皆さんとお話ししていると、それぞれに抱えた洗脳があるなと気付く。それは私にもあったし、とってもよくわかります。ただ、現在の私は、洗脳からの完全卒業、ほぼほぼ間近といったところ(笑)皆さんも、そんな自分の洗脳にまず気付いて、そこから解放され、羽ばたける日を目指しましょう!!

それぞれの音質を感じて・・・

マスカーニ「カヴァレリア・ルスティカーナ」、プッチーニ「修道女アンジェリカ」オペラ2演目、無事に本番を終えました。今回は弦楽器が充実した編成でしたので、ピアノな私は、音色・音質をどう馴染ませるか、あれやこれやとタッチやペダリングを試行錯誤していました。そもそも弦楽器や木管楽器の音の発音(鳴り始めの発音)はピアノのそれと全く違います。普通に弾いてしまうと、0コンマ何秒の世界ですが、ピアノのほうが早く鳴ってしまうのです。音が立ってしまうのですね。音の世界にとってこのコンマ何秒は大きいです。全体的に普段より後乗せのようにするのですが、上手くいったりそうでなかったり(笑)とにかく相当な神経を使います。。。音の角を作らないように。

     

スタインウェイのフルコンでしたが、前日まではキンキンカンカンな鳴りで、どうしようかと思いましたが、名取さんの調律マジックが入ったことで、まろやかなまとまった音に変貌を遂げました。お陰様でとても弾きやすかったです。

舞台上では様々なドラマが繰り広げられていたかと思いますが、半地下にもぐっているオケピット内にいた私からは、当然ですが何も見えません。。。お客様の感想を聴いたところ、「泣いた。」「舞台上のセット、照明、演出が素晴らしかった。」というお声が多く、これは早くビデオで体験せねば!と思っているところです(笑)

オペラは本当に何が起こるかわからない。歌手の皆さんの当日のコンディションはもちろんですが、本番ならではの感情の変化、表現の変化が様々あり、それに応じて音楽が伸び縮みするのです。それがオペラの醍醐味であり、また難しさでもあります。ですから、オペラを振れる指揮者さんは本当に本当に尊敬します。

      

ふぅ。。。一つ本番が終わって、ホッとしたのもつかの間、また明日から次のお仕事に向けて準備ですね。今回も、たくさんのプロフェッショナルに触れることができ、表に出る方々も、それを陰で支える方々も、皆が一つになって一つの成功を目指すというのは、本当に小さな感動や感謝が積み重なって成り立っていると感じます。皆様、お疲れさまでした!ありがとうございました。
       

3回目の五月会は49周年でした!

3年前から、五月会の「歌とピアノの夕べ」で声楽の皆さんの伴奏をさせて頂いています。今年で49回目、ということは、49周年ということ。先代の小山貞子先生のご人徳と、信念。それを引き継ぐ関わっておられるすべての皆様のお人柄。本当に素晴らしく、強い結びつきや繋がりを感じさせて下さいます。

      

親友のソプラノ歌手、黒澤麻美の、やっぱり凄い歌の世界。彼女の歌にはドラマがあって、技術が素晴らしいのはもちろんなのですが、彼女の歌の世界観が聴く人の心を鷲掴みにします。専属の伴奏者である篠宮久徳さんのピアノも、呼吸と音の層が素晴らしく、私が歌手だったら彼に伴奏をお願いしたいとつくづく思いました(笑) 待ち時間にもたくさんピアニストトークができて、とっても充実でした!私が伴奏させて頂いた皆さんも、常に真摯に音楽に向き合っていらして、毎年ご一緒させて頂くことが楽しみになっております。


さて、6月18日(日)のオペラ公演「カヴァレリア・ルスティカーナ」&「修道女アンジェリカ」が近づいてまいりました!!無事に楽譜も届き(笑)オケ稽古も始まっています!明日はオケ稽古のあと、そのまま歌手の皆さんと初合わせ、総稽古です。長丁場です。体力勝負です。集中力勝負ともいう。。。さて、どうなりますか…楽しみです♪

室内楽って何ですか??

「室内楽」と聞いて、「あ~それはね・・・♪」と雄弁に語られる方は少ないと思います(笑)むしろ「室内楽・・・って、なぁに?」という反応のほうが自然な気もします。簡単に申し上げますと、『様々な楽器を中心とした、オーケストラより小さい編成での音楽』です。

9月10日のコンサートのお知らせです!皆さんご都合いかがでしょうか??
前半は室内楽、編成はヴァイオリン×2本、ヴィオラ、チェロ、フルート、ピアノ !想像するだけでも華やかなアンサンブルではないですか!!皆さん耳馴染みのある名曲の数々を、ゴージャスなアレンジでお届けします!そしてそして後半は、歌手も加わってオペラのハイライトをやってしまおう!という非常に豪華なコンサート。

題して、 Music Festival~室内楽とオペラの饗宴~

      

      

私としましても、このようなアンサンブルの編成で指揮者無し!というのは初体験です。こういう時のピアニストは、テンポと雰囲気を作る重要なポジションです。かなりの重責なんです(笑) でも、そんな緊張を吹っ飛ばしてくれるような、素敵で華やかなプログラムとなっています!!たくさんの方にお聴き頂けたら嬉しいです!!

チケットのご用命は、直接私までお声がけ頂くか、yukiho.onozawa@gmail.com までご連絡くださいね!

努力だと思ってない・・・ということ

最近、色々な方と接する中で感じたことを、言葉にまとめておきたい気分になってきました。例えば人が何かに対して意見や感想を述べるときは、その人の持つ価値観(出会ってきた人や、環境でできるもの)で、お話をされますよね。肯定的に話す人と否定的に話す人がいますが、それも、その人の価値観から発生するものなのでしょうね。ですから、あまりそれに左右されることは無いのかなと。私自身も悩むことがありますが、自分に確固としたものがあれば、割と何を言われても平気になってくるのかな^^

例えば、ピアノは毎日練習するのが当たり前なのですが、だいたい4時間ですかね。ある人からしたら、大変ね~!と思うことなのかもしれませんが、私にとっては普通で、全く苦痛などなく、やればやるほど元気になります(笑)演奏の仕事やレッスンがありますので、必ずしも毎日練習できるわけではありませんが、音楽家にとっての練習は、当たり前の日常です^^

作品の背景や時代のこと、楽譜に書かれている色々を考察するのも、スイッチが入ると本当にむさぼるようにやってます(笑)よく生徒さんで、ご自身で調べたり熟考する前に、「これはどうすべきですかね?」と聞いて来られる方がいるのですが、なんと勿体ないことでしょうといつも思っています(笑)自分で調べて、自分で体感して、悩んで、わからなくなって、ひらめいて・・・それでやっと本当の自分の知識・自信になるのですから、その工程をすっ飛ばして人(先生)に聞いてしまうのは本当に勿体ないこと。そして、先生というのは、その人がどれだけ考えて、どれだけ音楽と深く向き合ってきているかが、一瞬にして分かってしまう生き物です。。

クラシック音楽は、やっぱり芸術音楽。確かに娯楽としても十分に楽しめる要素はありますが、演奏する側は芸術をしていないと、伝えられない難しさ、厳しさがあります。自分との対峙。深さ。


そうそう、何かに没頭してる人って、それをやりたくてやってるというか、そもそも何も考えてない(笑)「言われてみれば没頭してるわ!」という感じなので、それを努力だとも思ってないんですよね。進路(音高・音大)の話になったとき、常にこの状態になっている子だったら、何も心配なく突き進めー!といった感じですが、そうではない、どこかやらされてる感が少しでもあった場合は、音楽の道は薦めません。「才能」というものがあるとすれば、それは「没頭レベル」で測れるかもしれません。上手いとか下手じゃない。