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ピアニストな日々。

小ノ澤 幸穂 《2006,6~2018,3》のブログを、記念に残しています!新しいウェブサイトは⇒ https://yukihopiano.amebaownd.com/

ウェブサイトが出来ました!

今後は、新しく立ち上げたウェブサイトのほうで、ブログも更新していきます!
コンサート情報や、レッスンについても、全てそちらに大移動でございます。

2006年から12年間!!
長きに渡り続けてきた、こちらのブログ「ピアニストな日々」は、このまま思い出として残しておきます。

今まで、お読み頂きまして、本当にありがとうございました。
引き続き、新しいウェブサイトにて、末永くどうぞ宜しくお願い致します!!

ウェブサイト https://yukihopiano.amebaownd.com/

小ノ澤 幸穂

気持ちのいい精神状態

川崎市、宮前区役所さんでのロビーコンサートでした!
バリトン、テノール、カウンターテナーの声を使い分ける本岩孝之さん!

繊細に丁寧に、かつドラマティックに。
場の空気を変えるパワーが本当に素晴らしく、ご一緒させて頂き光栄でした。


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何度かご一緒させて頂いておりますが、今回、このタイミングでまた共演させて頂くことに意味を感じました。


いつも思いますが、全てに意味があるので、
ひとつひとつ大切に扱いたいなと、毎日思っています。



この日は、曇りでした。


私が窓の外を見て「今日は曇りですね~!」と言った瞬間


本岩さんが


「うん!僕たちにとって、今日が曇りだという事が一番いいってことなんだね!」


と、すかさず言いました。



そうなんです!
これなんですよ!!


いつも、ちょうどいい精神状態をキープすることが、とても大事だという事を、
音楽家は全身で分かっています。


全てが音楽に出る事を知っているから。
音楽家としての責任です。


だから、プロフェッショナルな気持ちが強い人ほど、
絶対に単なるネガティブ発言をダダ洩れにさせるようなことはしないのです。


意識的にやっているというのもありますが、多くは習慣になっています。


だから、たまに、無意識的にダダ洩れネガティブ発言の人と出会うと、脳が委縮します(笑)
しかし、そこを愛のエネルギーで包み込んでしまうか、あまりにめんどくさい場合は「流す」という手法ですね!


長時間一緒にいなくてはならない場合は、それはそれで貴重な場(笑)

ひたすら、状況を客観的に「観察する」。
そして、周波数を相手に合わせずに、自分のエネルギーに入れ込まないようにする練習の場、きたーっ!!
って、内心喜んで、全部楽しい事に変換しちゃえばいいんですよ♪


そうすると、徐々にそういう人に出会う事も少なくなっていくというのが宇宙の神秘。


というわけで、ご一緒させて頂くお相手が、精神性の高い方というのは、
本当にありがたい巡り合わせだと思うのです。


人生は、魂を磨く学校です。


だから、楽ばかりでなく、時に難しい試験や課題もありますが、
ひとつひとつクリアしていくと、その先に見える世界の広がりは素晴らしいもので。


だから、自分自身と向き合うことに挑戦するって大事だと、私は思います。



何も不安にならず・・・


絶対に、幸せなんです。
私たちは、皆、守られている存在だから。

霊線で繋がっている

母が書いた本が出版され、三省堂書店 神保町本店に置かせて頂いております!

ここまでの奇跡の経緯は、前回のブログ⇒人生のシナリオに書きました。


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「霊線」って言葉、聞いたことありますか?

私は聞いたことはありませんが、なんか知っていて、使っていました(笑)


いつもそうなのですが、スピリチュアルな事って、勉強したことないのに知っているパターンが多い(笑)
確認のために本を読んだり、調べたりして、あーやっぱりそうなのね!という感じで。


この「霊線」という言葉も、言葉の持つ意味も、そんな感じで勝手に知っていました(笑)



母がこの本を出版することになった流れは、霊線のためなんだなと。
いつもの直感で納得しました。
実際、出版されて、三省堂書店さんに置かせて頂いてから、母のエネルギーが軽くなりましたので。


抜けたっ!!


私も、またひとつ、軽くなりました!!



「霊線」とは、先祖に繋がり、性格や癖や病気を、自分に現す霊的な現象の事。

霊線は、この世に生きる私たち一人一人が持っているもので、何も特別なものではありません。



霊線での影響が、自分の人生に大きく表れ、個人の問題のように見えるものが、
実は家族全体で昇華させる課題である事も。




例えば、子供のことで悩むお母さんがいます。


お子さんに何か症状が出ている場合、それは当然お子さんの中に問題を見つけようとするのですが、
いかんせん解決しない場合があります。


見てみないと分かりませんが、時として、お母さんの霊線からの影響が、
お子さんに出ている場合があるのです。


親子ってすごいですね!
それに、本当に神秘だなって思います。


子供に表れていることで悩んでいる時に、まさかそれが自分の中で消化されていない何かの影響とは、
普通思いませんよね(笑)


すべてはエネルギーなので、目には見えません。
だけど、私たちは、その目には見えないエネルギーを感じて、発信して、受信して、生きているんですね。


お母さん自身が、「私の中に、クリアにしたほうがいい【何か】があるのかな?」
と考えると、いろんなことが見えてきて、お母さんの中にあった「我慢」や、
蓋をしていた「何か」が浮かび上がってくることがあります。


でね、お母さんがそれに「気付く」だけでもいいんです。


「気付く」だけで、お母さんから発生するエネルギーが変わるので、
子供はそれを受信します。
だから、子供に起こっている問題が解決する、ということが起こるんです。



目の前の出来事を、表面的に受け止めるだけでは、この「気付き」には到達できません。


物事を4次元的に捉えれば、様々なことが見えてきます。
全ての繋がりを感じるようになります。

会ったこともない、自分のご先祖様の存在を感じて、
自分が今この時を生きていることが凄すぎて感動なのです。


問題が、問題ではなくなります。


生きることが本当に楽しく、本当に楽になりますよ。
それは、もう、どんな状況でもパラダイスを感じるほどかもしれません(笑)

人生のシナリオ

母が、本を出しました。

実は「本を出す」という事が、母の昔からの夢でした。
20年前ほど前から、母は自分の半生をまとめたものをコツコツと書いていました。

その内容は凄まじく、当時20代前半だった娘の私としては、脳内で想像するだけでも恐ろしく、
嫌悪感すら抱くもので、正直吐き気がしました。
絶対にフィクションであってほしいと強く願ったほどの内容でした。


そのあとに、思わず父に確認したほどです。
「ママの文章読んだ?パパは二人が出会う前のママの事知ってるの?あそこに書かれてることは本当なの?」
父は静かにうなずき「ママに聞いてごらん?」と優しく呟いたことを、今でも覚えています。


当時の私は、「こんな暗くて重い話を、いったい何のために、誰が読むのか!」と、
母の過去を認めたくなくて、腹立たしささえ覚えたことを記憶しています。
私の中の、心の防御だったんですね。


しばらくは時間が出来れば、常に書き直すという作業を、母はずーっとやっていました。
書くことで救われるものがあるのだろうと、私なりに感じていました。


そして、まもなくして父がALSという難病にかかり、2011年に他界。
一度「なにわ」を閉めます。
その後、運命的に再開することとなり、女将として、新たに「なにわ」を経営し始めます。


本の中にあるのは、母の凄まじい過去だけではなく、新たな人生のエピソードが追加されていました。


闇の中から救い出してくれた、光の存在、父(夫)との出会い。
夫婦で作り上げた「なにわ」のこと。
父が患ったALSという病。
それに伴う葛藤や様々な感情。
たくさんのお客様との触れ合いと、温かい交流。
皆さんの優しさ。
心機一転、女将としてなにわを再開!


たくさんの愛に支えられてきた素晴らしい人生がエピソードとして加わり、完成しました。


そして、つい先日、1月30日(母の誕生日)、ついに本が出版されたのです。
☆300冊刷って頂きましたが、現段階でご購入200冊です!!☆


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タイトル: 『ALSの夫からの贈りもの』
著者: 小ノ澤 貴美子
発行元: 敬文舎
判型: 四六判(12.7㎝×18.8㎝)
本体価格: 1300円
ページ数: 288ページ


父の早すぎる死は、魂的に見るといったいどんな意味があるのか、私はずっと分からずにいました。
私にとって、なかなか解けない人生のクイズのような存在でした。
その答えが知りたくて、いつも考えていました。


それが、母の本が出版されることがきっかけで、全てが明らかになったのです。


本を手にした私は、読まなきゃいけない、読む必要がある!と思いつつも、
しばらくは母の過去(父に出会う前の話)を追体験する気持ちになり、かなりしんどくなっていました。
でも、これは、自分の魂にとって必要な事だと思い、暫くは追体験を受け入れていました。
そして、この期間があって、私自身に確かな答えが到達したんです。


さて、ここからは三次元的(物質的)な話ではなくなります。
ですが、ここに私たちが生まれてきた真理があるから!


これはあくまでも、私の家族に起きたことですが、
この話を共有する事で、各々の人生の気付きになると思い、全て正直に書きます。



母はこの本の出版に関して、一切お金を支払っていません。
要するに、自主出版ではないのです。
お客様でもある、敬文社の社長・柳町さんのご厚意で、母の人生は、立派な本として出版されたのです。


すごくないですか?



魂として必然な場合、このようなことが必ず起こります。

「普通」とか「一般的に」という常識の枠を外れて、物事が現実化する時は、
魂としての必然がある時です。



母自身の過去を、本という形にして、どうしても明るみにする必要がありました。
なぜなら、たくさんのお客さんに読んで頂くことで、救われるからです。
もっと話すと、救われる必要があったのは、母だけでなく、母のお母さん、そして、同じような体験をした魂でした。


本として出版する事を現実化するためには、
母の過去の人生にプラスされる、新たなドラマが必要でした。



母の人生にドラマを追記し、本が出せるように。
全ては、母を救い、そして、母のお母さんや、たくさんの魂を救うために、
父はALSという病気にかかり人生を全うしたのです。




全ては、父の究極の愛です。


すごいなぁ



父が生まれてきた目的は、母に愛を教える事。

「貴方は、愛されるために生まれてきたんだよ。」

と、教える事だったんです。




父はもともと、本当に愛情深い人で、それは誰に対しても平等でした。
そして、それを全うして、今生を卒業しました。
その後も、母に愛を伝えるべく紛争している姿が目に浮かびます^^☆
そのために、たくさんのお客さんに会いに行き、地道に活動している父の魂を感じます。

お客様方との交流が、今でも継続されていることが何よりの証拠です。





私たちは、何のために生まれてくるのか




何を知って、何を体験して、何に感動して・・・それは、人それぞれ違うんです。
一つとして同じ人生はありません。
だから、人と比べて、幸せだ、不幸だ、などのジャッジは、不必要どころか、無意味なことです。


ただ、目的は一つ、魂を成長させるためです。



事実だけを見ると、不幸に思える事、悲しいこと辛い事、救いようのない現実、確かにあります。
でも、それも、本当に魂の成長のためなんです。
だから、目の前の事実だけにとらわれて、判断をしたり、ジャッジをする必要はないんです。


失敗しても、転んでも、ぶつかっても、苦しくても悲しくても、何でも大丈夫なんです。
全部、経験するために生まれてきているから



そして、そんな人生のシナリオは、どこかの誰かが決めたんじゃありません。


生まれる前に、自分で決めているんです。


私たちは、全員そうなんです。
例外はありません。


それを知っているだけでも、生きる次元が変わる と、私は信じています。

『月刊ショパン』 1月号に載ってます!

月刊ショパン 1月号 「ピアニストたちはいま・・・」 に載せて頂きました! 

とても嬉しいです!!!


学生時代から、よく拝読しておりました。
ピアノを学ぶ人にとって、憧れの・・・ 「月刊ショパン」。 ⇒ウェブサイト


ピアニストとして、自分の記事を載せて頂ける日が来るなんて、本当に思ってもおりませんでした。
当時の自分に教えてあげたいです(笑)


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読み返してみたのですが、何だかものすごく不思議な感覚を覚えました。
この原稿を書いた時と、今の自分の意識がすでに変わっている!!


考えは一緒ですが、意識のエネルギーが今の方が高い!


いろんな意味で、感動しております。

自分の素朴さを思い出したリサイタル

はるか昔のことのように思える、先日のソロリサイタル(11/26)。
ポカポカ陽気の、秋晴れでした。
素敵な写真《by Yasuyo Fujita》一部をアップします。

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プログラムのこと、直後の心境は⇒こちら の記事に書きましたが、
この時の自分と今の自分との変化を感じて驚いています。

つい何日か前の記事ですよ!

いつもそうですが、ほんの少しの過去の自分が、もう他人のようです。
人間の心の変化、成長は本当に目まぐるしい!


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「結局、この人は、一体何なんだろう。」
「どれが本当の貴方なのか・・・」
 という感想、ドキッとしました。


演奏は、嘘をつけません。


素朴さと、光と闇の共存のような・・・そんな何かを受け取って頂けたリサイタルでした。

私は無意識で、演奏には何の策略もないけど、音楽って本当に不思議で、心の奥深いものが溢れ出る。


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そして、私は、本当に素朴な人間です。
複雑なものに憧れる時は過ぎ去り・・・
華やかに魅せるのも、媚びを売るのも、苦手。


本当にシンプルで、言葉で説明するのもバカバカしいほどの、
ただ、そこに音楽がある、という空気のような。


空気のようで、それはまるで人間の魂そのもののような。




人は、「自分」という役を演じる生き物です。



「結局、この人は、いったい何なんだろう」
「どれが本当の貴方なのか・・・」



このメッセージ、皆さんも自分自身に感じる事、ありますよね?



奥底にある魂、自分のお役目、何をしたいと思って、何を感じたいと思って、この世に生まれてきたのか。
そんなことを考える時間を作ると、自分の本当の声が聞こえてくるかもしれません。

望まない現実こそ、本当のギフト

9月から様々なコンサートが続き、先日のソロリサイタル、そしてオペラ公演。
そしてクリスマスが近いという事でパーティーでの演奏など、よく動いています(笑)

この数か月の間に、たくさんの出会いがあり、たくさんの人と会話し、時間を共有しました。


人とのコミュニケーションは、気付きのBIGチャンスです。

その中で自分は何を感じるのか・・・

何が心地よく感じて、何に抵抗を感じるのか


自分の中に浮かび上がる感情を、 常に客観的に観察 していました。

具体的に言うと、自分の思考から出るエネルギー(周波数)の実証実験をしていました。
(???と思った方、これについてはそのうち説明します(笑))


自分が心地よく感じる時は、誰しもが自分がご機嫌になるので、簡単にお気付きになると思います。
難しいのは、自分が何かしら嫌だな・・・と抵抗を感じる出来事。
これをどう扱うか・・・この扱いの達人になると、人生、全ていいことだらけなんです(笑)

嫌だな・・・と思う事、それは、自分の望まない現実が起きた時。。。ですよね?

そこで通常は「なんなの!?なんでそんなこと言うの!?」とか、「なんでこんなことが起こるんだ!!」と、
感情としては、イライラ、ムカムカなどなど、心地よいものとは別世界に連れて行かれますよね(笑)


この時、自分自身の中にいったい何が起こっているのか・・・

これはまさに思考より、感情が先走っている状態です。



これに対して・・・ 人生の波乗り達人は、感情に左右されません。

目の前の出来事をまず観察し、
自分が「これから」どういう感情になるのか、先に思考しています。


感情の先読みです。 


常に、目の前の出来事を客観視しているんです。


これができるようになると、よほどの事でない限り、感情的になる事はなくなります。
相手や環境に、自分の感情が振り回されることはなくなります。


「常に、自分」 でいられます。


そして、この観察が当たり前にできるようになると、「嫌な事」「いい事」という選別が無くなるんです(*^-^*)


自分にとって苦手な状況、嫌だと思う事には、たくさんのギフトが詰まっています。
何故それが嫌だと、抵抗を感じるのかをきちんと分析できれば、
その反対にある自分の心地よいと思うものが明確になるはずです。


このことに気付くBIGチャンスが、目の前にある、
抵抗を感じる出来事の中に隠されているんです。


それを見つけるゲームです、人生は。
それをひとつひとつクリアしていけばいいんです。

クリアしない限り、同じキャラは姿を変え、環境を変え、表れ続けますよ!(笑)
ロールプレイングゲームなので。。。


嫌だなと思う事、苦手な人、苦手な状況があるとしたら・・・
そこから自分の望む現実、心地よいと思う事はどういうものなのか、探してみてください!
それが本当の自分探しですよ!!(自分探しは、自分の思考だけでできるという事ですわ)

日本の美と西洋のハーモニー

リサイタルを終え、ゆっくりする時間は全くなく(笑)

12月4日の本番に向けて、毎日、桐朋学園に出向いています。
日替わりで仙川だったり調布だったり・・・校舎を間違えないようにする!!という重大な課題があります。

ただでさえ、日常的に電車を逆方向に乗るような人間にとって、これは。。。危険すぎます。


何をしに行っているのかと言いますと・・・
オペラの稽古でございます。


何度かご一緒させて頂いている、ソプラノ 新藤昌子さんの~2部構成~なリサイタルが12月4日に開催されます!!

1部は、世界70カ国以上の国歌を歌われている昌子さんならではの、国歌国旗の公演&講演。
2部は、桐朋学園大学院大学教授 石島正博先生が作曲なさったオペラ【みるなの座敷】を、先生ご自身の指揮にて公演。

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私は2部のオペラ「みるなの座敷」にて、本番ピアニストという大役を務めさせて頂きます。
フルート・クラリネット・ヴァイオリン・チェロ・ピアノという編成での演奏です!!

皆さんはこの作品の公演を経験されているので、私のみ初めましてな存在。。
そして、何よりも、作曲家さんが指揮者さんである。。

大変な緊張状態です(笑)


と、同時に、幸せを感じています。


美しく繊細、かつ雄大なハーモニーに、心を鷲掴みにされます。
まるでプッチーニのようでもあり、日本の哀愁の美のようでもあり・・・
日本の美と、西洋のハーモニーが混ざり合った、美しく豪華な作品。

音楽の運び方に、鳥肌が立つ瞬間が沢山あります。

今週末は、いよいよ通し稽古です!
気力体力精神力集中力・・・
歌手の皆さんの圧倒的な声のパワーを受け取って。

ソロリサイタル@高輪プリンセスガルテン

『小ノ澤幸穂ピアノリサイタル』、皆様のおかげ様で、無事完遂いたしました!!

疲れました(笑)

会場は、品川にある高輪プリンセスガルテン、アンビエンテホール。
外観も、室内も、もうそこはヨーロッパ。

お客様には、音楽だけでなく、ちょっと旅をしたような気分を味わって頂けたのではと思っています(*^-^*)





今回は、かなりハードなプログラムとなりました。

私は、何かと挑戦が好きなのです。

それは、一流演奏家や一流スポーツ選手の方々が、常に挑戦し、常に自己と向き合っていている事を知っているからです。
演奏や競技そのものの素晴らしさへの感動と、そこに至るまでの軌跡を想像しての感動。
「今」と「今に繋がるまでの道程」、二つの感動を、私たちに与えてくれます。

私も頑張ろう!と思わされるのです。
私にとって、生きていることを究極的に体感できる瞬間は、挑戦している時かもしれません。





前半にバッハ「フランス組曲第5番」
宣伝の段階では、バッハ=ブゾーニ 「シャコンヌ」の予定でしたが、どうしても気分が乗らず。。
純粋で素朴で、音楽そのもののバッハ作品を弾きたくてしょうがなくて、こちらに変更しました。

結果、正解!!純粋に楽しんで弾けました。
気持ちとしては、はしゃいでいました(笑)
私は、バッハが、多分本当に大好きなのです。

シンプルで、感情的ではない、音楽そのものな作品が、本当の私なのだと感じています。

そのことを、ベートーヴェン ソナタ「テンペスト」にも感じました。
1楽章と3楽章の激高は、今の私には周波数が合わず、少々無理やり意識を合わせていました。
それと対照的な、第2楽章。
暗闇に差す光、手を伸ばした先にある光の世界のような、独特な孤独感と、それを包む目に見えない愛の存在。。。
今の私には、この世界観に周波数がバッチリ合ったので、選曲しました。


後半は、ショパン バラード全曲

ひとつひとつが大曲です。
気力と体力と精神力と集中力・・・すべてを要しました。
この4曲を、舞台の緊張感の中で続けて弾く、ということを経験したかったのです。

自分の心の変化、成長、全てを感じることが出来ました。
自分にとってのショパンは、私が28歳の時に、本気で音楽に向き合っていきたいという気持ちを教えてくれた存在。
その頃から弾き続けてきた、バラード1番、2番、3番、4番。
それが、こんなにも違った印象で向き合うことになるとは、今回のリサイタルをするまで気が付きませんでした。


ショパンは、やっぱり私に、たくさんの気付きを与えてくれる作曲家です。

ショパンさん、ありがとう。





聴きにいらして下さった皆様、いつも本当にありがとうございます!!
はじめましてのお客様、いかがでしたでしょうか??
贈り物やお花、ありがとうございます!!
嬉しく眺め、美味しく頂き、素敵に飾らせて頂いています。

これからも、どうぞ宜しくお願い致します。

さて、明日から携わっているオペラの稽古が始まり、毎日桐朋まで出向きます!!
休む暇は無いのです(笑)

100万人のクラシックライブ

100万人のクラシックライブ⇒こちら
全国の東横イン、お寺やカフェなどで、ヴァイオリンとピアノのコンサートを開催されています。
今回私は初めての参加で、土浦まで行って参りました!
お声がけ頂いたヴァイオリンの渡辺さんは3回目だそうで、トークも演奏もバッチリ落ち着いていて
素晴らしい安定感でした!!お客さんも大変お喜びでした!!





さて、26日のソロリサイタルまで、1週間となりました。(お陰様で残席2です!)
少し緊張してきました(笑)
そろそろ集中モードと行きたい所ですが、明日は12月本番のオペラ、初稽古。

メンタルも、体力も、しっかり整えていきたいと思います。

今この時に意識を集中して、ひとつひとつ丁寧に。

  2017年11月26日(日) 小ノ澤幸穂ピアノリサイタル
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疑うことなかれ!

週末は福祉施設でコンサートでした。
場の空気が光に溢れていてとても気持ちのよい空間。
こちらでコンサートをさせて頂くのは、2回目。
以前はオーボエの方とご一緒しました。

今回はソプラノ歌手の石田さんと╰(*´︶`*)╯♡
歌声は優しく繊細で、物凄く心を込めているのに、ナチュラルに歌われるスタイル。
言葉に気持ちが乗って、スーッと聴く人の耳に入っていく、とても気持ちのよい歌手さん。

伴奏していて、好きになりました(笑)

そして、私もリサイタルの前衛戦として、ショパン バラード1番を。





後半は子供達含め、大人の方、スタッフ全員で、合唱大会!
石田さんのボイトレが炸裂しました(笑)
笑いヨガ🤣最高。


子供達は、周りの目とか、人がどう思うとかを気にしません。

いいものは、いい。
感じたままを全身で表現する。

なにも疑うことなく、宇宙と繋がっています。


そこに不安などない。


最近気になっていたのは、

大地のエネルギー
地のパワー
火山🌋
ハワイ島
セドナ
不動明王






頂いたお花が、パワー全開(笑)

不動明王さんにしか見えません。


メッセージ受け取りました。


疑うことなかれ

迷うことなく

思うままに進め


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小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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往年のピアノが教えてくれたこと

たくさんの年代物のピアノを弾かせて頂きました。訪問は何気に3回目です!
所有者でいらっしゃるのは、調律師・名取孝浩さん!
数々の名器がそこはかとなく置かれており、圧倒されるわけですが、本日家主不在(笑)
私ひとりで、数々の名器ピアノさんと3時間ほど対話させて頂きました。

   

1840年製のプレイエル
(ショパンが愛したプレイエル。年代的にも近いですのでまさにこの音でショパンは弾いていたと思っていいだろう。コントロールがとても難しい楽器で、鍵盤も浅い。腕の重さもかけられない。かといって指先を固めると音も固くなる。プレイエルの繊細な表現を弾き出すには、弾き手が指1本1本、自らの神経をどこまで研ぎ澄ませるか、にかかっていると感じた。他のピアノさん達が、こちらに寄り添い、こちらの想いを弾き出してくれる感じなのに対して、プレイエルは違う。プレイエルは、こちらがご機嫌を見て、色々な角度から探り、ご挨拶をしながら少しづつこちらを好きになってもらわないと、美しい音を出してくれない。「一番美しい音は、あなたの繊細さ次第よ!」と言われているような気がした。ショパンが好んだのも納得。生徒に厳しかったのも納得。。)





他にも、色々弾きました!写真ないけど(笑)
感想のみで想像してください!!←弾くことに夢中+写真を撮る体力が残らなかった。


1890年製のエラール
(響きの透明度が凄い!シャラ~ンと清流のような音。そして、何よりとても弾きやすい!現代のピアノに通づるものを感じた。時間があればドビュッシーをたっぷり弾きたかった。)


ケンプが最後に所有していたベヒシュタイン
(もちろんベートーヴェンを弾いた。緩徐楽章での音の伸びと変化が凄い。響きを通して声が聞こえてくるようで、鳥肌が立った。こちらはただ音を聴いてそれに乗っかっていくだけで音楽が進む、そんなピアノ。あえてペダルはいらない。響きの余韻が美しい。一番のお気に入り!!)

クララ・シューマンの頃のグロトリアン
(月光を弾いてみた。冒頭の音で、自分の出した音に魂が宿り、ピアノが鳴る。低音の響きが声として聞こえてくる。凄すぎて身震い。時間があればシューマン・ブラームスをこのピアノで弾きたかった。クララは二人を愛したように、このグロトリアンの音色を愛していましたね。想像するだけで恍惚とする。)


それぞれの個性を堪能しました。


共通するのは、音の消え方の美しさ


音の余韻が、呼吸として聞こえてくるんですよね。
なんかもう、生きている。そう、それだ。
ずっと考えてたんですよね。帰り道。
楽器の性質として、機械的には弾けない、存在感がそこにある。


現代のピアノって、時に音が揃いすぎてますよね?
あの均等感が、演奏を機械的なものに繋げてしまう要因の一つかもしれないなぁ。
当時のピアノは、1音1音の表情の違い、不揃いが美を生んでいて、そこに命を感じる。


ペダル。


ペダルを踏んで、弦が解放された時の響きは、またどれも美しく、音がまどろみ、決して濁らないのです。
それは平行弦であったり、そもそもの型における木の作りが違うこともあるわけですが、理屈はどうあれ、美しい。。
工夫して色々試したくなりましたね!どんどんと表情が変わるので。
現代のピアノにおいて、ペダルは、かなりシビアに踏み変えなくては音の洪水になってしまいます。
そういう意味では、現代のほうがペダルのリスクが大きいように感じました。


帰り道、色々考えていました。
言葉にできない感覚にとらわれ、ところで私は、何がしたいのかなぁと・・・


それは単純だけど、難しく、でもきっとできると思う。


どんなピアノでも、生きている音を出したい。
往年のピアノたちが、私に教えてくれました。


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過去の自分を癒そう。(というわけで、長文です)

    写真 (178)


写真はポーランド、ワルシャワにあるワジェンキ公園です。この時は5月、新緑の頃。生い茂る緑と、まるで水の中にいるような空気感が不思議な公園でした。私たちはもともと、お母さんのお腹の中で羊水に浸かっていたわけで、公園内のそれはまるで羊水の中のようで(笑)ふわふわとした白い綿毛が公園内に飛んでいたのですが、それもまた夢の中のようで。鳥たちのさえずりも、たくさんのメロディを奏で、日本で聴く鳥たちの声とはまた違った、やはり西洋の音楽を感じる旋律でした。


今日は、自分の過去のことを書こうと思います。
やっと、書く勇気が湧きました。



私は元来、物事を深く考える前に、ただやりたくてやってるとか、ただ好きだからやってるとか、感覚のかたまりみたいな人間でした。音高受験の際、ソルフェージュを習っていた有馬礼子先生から「トップのほうで入ったわよ!」と言われ、それを聞いても「へぇ~、そーなんだ!」くらい、他人からの評価を全く気にしない人間でした。だがしかし実際に音高生活が始まり、何だかヒシヒシ伝わる競争の空気。。点数で評価される自分の音楽。
繊細過ぎる私は、なんと!高1の夏の時点で、学校に行く道を間違えて迷子になるくらい病んでいました(笑)←はやっ
その後も徐々に自分自身が何だか分からなくなっていき(笑)←やばい
毎度の実技試験の点数が全く冴えないものになっていきました。←かわいそうな私


ですがね、私の先生(佐川草子先生)は、私の音楽をいつも「好きだ、素晴らしい」と言ってくれました。モーツァルトが大好きな先生で、私がどのソナタを弾こうかと迷っていた時は「あなたならどれを弾いてもいいわよ^^」と優しく言って下さいました。私のレッスンをいつも楽しみにして下さっていたのがよくわかりました。先生ご自身、学内での評価基準、音楽感に対して疑問を持たれている方で、審査をする立場に立った時のお気持ちをよく話して下さいました。。

私の音楽が萎縮した時は、「歌って」「あなたは歌っていればいい音楽ができるから」といつも仰って下さいました。
私の事を本当によくわかって下さっていたなぁと、今も本当に感謝しています。


そして、学内で点数の出ない私でしたが、やっぱり弾くことが好き。大学2年の頃から演奏活動を始めました。そして、コンクールやオーディションを受けると、なぜか審査員の先生から「素晴らしい音楽をありがとう!」と声をかけられたり、とあるオーディションでピアニストの神野明先生に「シューマン弾いた子だよね?いや~、素晴らしかった!」と仰って頂くなど、不意打ちで自分の音楽を認めて頂くということを体験しました。


そこで私は思ったのです。
みんなが感動してくれてるのに、なんで点数が出ないんだろう。。。


そして、気づいたのです。
私に足りないものは、《技術》なんだと。


それに気づきながらも、術を知らず、音大という箱の中で、どう頑張ればいいのか分からず、人生を迷走していました。
何とか無事に?学生生活を終えた私は、技術の習得の前に、まずは「純粋に音楽を楽しんでいた、もとの自分に帰る」必要があったのです。それにはとてもとても長い時間を要しました。今思えば、とても苦しかった、、、かな?(笑)


そんな、重症な私がどうやってそこから抜け出したか!


それは、ポーランド・ワルシャワで5年に1度開催される、ショパン国際ピアノコンクールでした。
2005年、遠く離れた日本にいる私は、ライブ中継(時差で真夜中)を半分寝かかりながら見ていました。何人かの演奏を半分夢の中で聴いていました(笑)


で、出会ったのです。



ブレハッチの弾く「小犬のワルツ」でした。



世界的コンクールで小犬のワルツ??と思いながら、演奏が始まるや否や、私は彼の音楽に吸い込まれました。


そして、号泣。


もう理屈なんてなくて「ショパン!!」って思ったんです。「わぁ~!!」って。こんな感覚は初めてでした。
明らかにその時点から、自分の中の何かが大きく変わりました。
その日からの自分の行動が、今現在の自分に繋がっていることを全身で感じています。
(実際その数か月後に渡欧、色々なミラクルが重なり、ご本人と直接対面。あの時の感動を直接熱く伝えることができたのでした。)


日本という枠から抜け出す機会もあり、西洋の先生方の生み出す音楽を浴び、今まで聴いたことのないような響きに驚愕し、たくさんの感動体験をし、共に切磋琢磨する友人たちと出会いました。これらの体験があり、少しづつ、本来の自分を取り戻して行ったのです。


その後はひたすら《技術の再構築》を地道にやってきました。奏法を研究されている大野真嗣先生にも出会い、音楽に対してかなりシビアな先生だと認識していますが、私の感受性をとっても褒めて下さり、「奏法を変えないと勿体ない!」と。お教え頂いたことを自分の中に落とし込むために努力することは、とても楽しいものでした。何故なら、どんどん上手くなるからです。技術が磨かれることを、体で実感できるのです。そうなると、自分のやりたい音楽がどんどんとコントロール出来るようになっていくので、さらに磨きたくなる。そして、楽譜に書かれている音が立体的に読み取れるようになり、作曲の中身のようなものが見えるようになって行ったのです。


技術=奏法 です。
奏法は、歌で言うところの「発声」です。
体の使い方です。


豊かな音楽性を持っている、感受性に優れている方こそ、技術=奏法を知り、磨くべきなんだと、声を大にして言いたいです。何故なら、その溢れる感受性を音楽で表現するには、確かな技術が必要だからです。感覚やイメージなど、抽象的なものだけで弾いていくのには、やはり限界があるのです。私は、私が経験し、学んできた全てをお伝えして行きたいと思っています!

最後までお読み頂き、ありがとうございました m(__)m

  小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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主観を語る

先日、リサイタルのことを友人と話している中で、「主観」ということについて考えを巡らせました。
そもそも自分の持つ「主観」とは、その対象に対して自分がイメージしたものの表れです。
例えばショパンに、ベートーヴェンに、自分がどう感じるのか。
実際演奏していると、かなり細かい所に入り込み、このフレーズのこの1音に、この和声の変化に、自分は何を感じるのか、という自問自答の期間というものが自ずとやってきます。
そこで感じたもの、ある種の答え、それを「主観」と提示してみます。

作曲家のパーソナリティやメンタリティを作品から読み取っている、はたまた文献からの情報で背景などを知っているから、という事もあるかもしれませんが、それは裏付けのようなもので、要素としては少ないと感じます。
やはり「音楽」に「私」が入り込み、混ざり込んだ結果生まれてきた答え=演奏。これがいわゆる「主観」かなと。

何故このような答えの出ないような事に考えを巡らせたのかと言いますと、(それが芸術の醍醐味だけど)例えばプログラムノートやトークに、何拍子だの何形式だのといった情報は必要なのであろうか?と言った所から始まったわけです。
もちろん、作曲にはきちんとしたルールがあり、形式があるわけですが、それは弾き手が分かっていればいい事で、聴く人にとってそれらの情報は音楽を難解なものと、頭で考えさせてしまうのではないかと思うのです。

例えばその曲のイメージを自分の言葉で、「私はこう思っているのです。」と語ってはダメですか??

う~~ん


例えばコンクールで、みんな同じような演奏をしている、などと言われることがありますね。
コンクールというのは、点数を付けられる場なのです。
そこでは時に、審査員の好み・主観で振り分けられる恐れがあるので、自分の本当にやりたい表現を抑え、無難な演奏に徹しているからとも言えます。
先生からコンクール用の演奏(減点されない演奏)を習ったからというのもあるでしょう。


う~~ん

そうしますと、1位も2位もない、個人のリサイタルというものはいったい何なのか。


再現芸術の面白さって、『クラシック音楽のルール、各々の作曲家の体系を守り、それを壊さずして、その中で1音1音に微調整を加え自分の色を付けていくという、スリリングかつ緊張感のある時の流れを作ること。』だと思っています。
完全に準備されたものに、その完成された世界観を壊さずして、「私」をどう調和して、それを音楽としてどう開放していくかという、まるで「イタコ」のような、そんな行為。
それが演奏家の役目だと思っています。


今日はめちゃくちゃ主観を語りました。


そうそう、演奏における主観とは、あくまでも基礎となる楽曲分析、技術があったうえでのものです(^-^)


   小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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ファミリー向けなコンサート

室内楽とオペラの饗宴、無事終演しました!!ファミリーに喜んで頂ける楽しいプログラム。子供達の笑い声も聞こえたりして、とても良い雰囲気でした。個人的にはこのようなタイプのコンサートは久しぶり。当初お話を頂いたときは、せっかく弦が揃うのだからピアノトリオなどがっつりクラシカルなものをやりたい!と希望したのですが、今回は軽めのコンサートにしようとのことで、親しみやすい演目となりました。共演の皆さんとは、3回程の練習でしたが、一緒に音楽を作って行く過程がとても楽しく、色々と感謝の気持ちでいっぱいです。それと同時に、ソロは孤独だなという事も改めて(笑)

     

出演者全員で終演後に。私のドレス、ステージでは照明が反射してかなりのキラキラ感だった模様です。自分としては地味なつもりでしたので、嬉しい誤算(笑)

今回、ピアノ6重奏という特殊な編成でしたので、それぞれが準備している譜面が違うため、実際合わせてみるとハーモニーがはまらないことがあり、各々譲り合ったり、アレンジを加えたり、譜面の切り貼り準備が少々大変でした。個人的にはチャイコフスキーメドレーで、ピアノコンチェルトを弾けたことが幸せ。もうちょっと長く弾きたかった(笑)
     
     
     
     

お越し頂いた皆様、共演者の皆様、サポートして下さったスタッフの皆様に感謝いたします。
ありがとうございました。

さて、11月26日のソロリサイタルに向けて、そろそろ意識を整え…というところです!

  小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(水)
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