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ピアニストな日々。

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ワーグナーと、リストと、コジマの関係。

バイロイト手記・第2弾です。

バイロイト祝祭劇場からほど近く、フランツ・リストが息を引き取った家があります。
こちらはあくまでもリストの家ではなく、(リスト最晩年の家はワイマールにある)
フレーリッヒ家の住居だそうで、現在、リスト博物館になっています。

リストがワーグナーの死後、バイロイト音楽祭の総監督になった娘コジマを見守るべく
この地を訪れた際に、このお宅に滞在したんですね。

自分の家で最期を迎えられなかったのか…と、可哀想に思いました。

PicCollage (5)    PicCollage (6)

道を挟んですぐお隣には、リストの娘・コジマが、夫であるワーグナーと住んでいた
ヴァンフリート荘があります。
そう!ワーグナーはリストの娘さんと結婚したのです^^
残念ながら、こちらは修復工事中で中には入れませんでした。
館の前には、何故かワーグナーではなくコジマ像が!!妻強し。


そうそう思ったんですが、リストは何故、娘夫婦の家に滞在しなかったのか・・・

右の写真、一番下のパノラマ写真をご覧ください。
左のベージュの家が、ワーグナーとコジマのお宅。
右の蔦の絡まる家が、リストが滞在したお宅。

ね、こんなに近くに(笑

リストの娘・コジマは、リストの弟子である指揮者・ピアニストのハンス・フォン・ビューローと結婚。
そんなコジマは、なんとワーグナーと不倫状態に・・・

元々、ワーグナーとリストは友人でした。

コジマは、リストの反対を押し切って、ワーグナーと一緒になったんです。
リストからすれば、自分の娘が自分の友人と。。。嫌ですよね^^;
そういった諸々もあって、独特の距離感を保っていたのかな??なんて勝手に想像。

妄想ともいう。

   IMG_7393.jpeg


ご配慮を頂き、館内のピアノを弾かせて頂きました。
このピアノで、ワーグナーは「パルジファル」を作ったそうです!
館内にはリストの私物やデスマスクなどが並んでいます。
リストが履いていたサンダルや、使っていたトランプや、直筆の文字を眺めつつ・・・
こうやって確かに生きていた証のようなものに出会うと、
普段作品に触れて感じるイメージとはまた違った、何というか愛おしさが生まれてくる。

人間に会える。

作曲家の生きた土地を巡ること、私は大好きです。
   
      PicCollage (7)

歩いてすぐの自宅のお庭に、ワーグナーとコジマが眠るお墓がありました。
なんと、飼っていたワンちゃんのお墓も隣にそっとありました^^
今回の感謝をお伝えしました。

リストさんのお墓はというと・・・
バイロイト市立墓地にあります。
次の手記に残します。
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