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ピアニストな日々。

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過去の自分を癒そう。(というわけで、長文です)

    写真 (178)


写真はポーランド、ワルシャワにあるワジェンキ公園です。この時は5月、新緑の頃。生い茂る緑と、まるで水の中にいるような空気感が不思議な公園でした。私たちはもともと、お母さんのお腹の中で羊水に浸かっていたわけで、公園内のそれはまるで羊水の中のようで(笑)ふわふわとした白い綿毛が公園内に飛んでいたのですが、それもまた夢の中のようで。鳥たちのさえずりも、たくさんのメロディを奏で、日本で聴く鳥たちの声とはまた違った、やはり西洋の音楽を感じる旋律でした。


今日は、自分の過去のことを書こうと思います。
やっと、書く勇気が湧きました。



私は元来、物事を深く考える前に、ただやりたくてやってるとか、ただ好きだからやってるとか、感覚のかたまりみたいな人間でした。音高受験の際、ソルフェージュを習っていた有馬礼子先生から「トップのほうで入ったわよ!」と言われ、それを聞いても「へぇ~、そーなんだ!」くらい、他人からの評価を全く気にしない人間でした。だがしかし実際に音高生活が始まり、何だかヒシヒシ伝わる競争の空気。。点数で評価される自分の音楽。
繊細過ぎる私は、なんと!高1の夏の時点で、学校に行く道を間違えて迷子になるくらい病んでいました(笑)←はやっ
その後も徐々に自分自身が何だか分からなくなっていき(笑)←やばい
毎度の実技試験の点数が全く冴えないものになっていきました。←かわいそうな私


ですがね、私の先生(佐川草子先生)は、私の音楽をいつも「好きだ、素晴らしい」と言ってくれました。モーツァルトが大好きな先生で、私がどのソナタを弾こうかと迷っていた時は「あなたならどれを弾いてもいいわよ^^」と優しく言って下さいました。私のレッスンをいつも楽しみにして下さっていたのがよくわかりました。先生ご自身、学内での評価基準、音楽感に対して疑問を持たれている方で、審査をする立場に立った時のお気持ちをよく話して下さいました。。

私の音楽が萎縮した時は、「歌って」「あなたは歌っていればいい音楽ができるから」といつも仰って下さいました。
私の事を本当によくわかって下さっていたなぁと、今も本当に感謝しています。


そして、学内で点数の出ない私でしたが、やっぱり弾くことが好き。大学2年の頃から演奏活動を始めました。そして、コンクールやオーディションを受けると、なぜか審査員の先生から「素晴らしい音楽をありがとう!」と声をかけられたり、とあるオーディションでピアニストの神野明先生に「シューマン弾いた子だよね?いや~、素晴らしかった!」と仰って頂くなど、不意打ちで自分の音楽を認めて頂くということを体験しました。


そこで私は思ったのです。
みんなが感動してくれてるのに、なんで点数が出ないんだろう。。。


そして、気づいたのです。
私に足りないものは、《技術》なんだと。


それに気づきながらも、術を知らず、音大という箱の中で、どう頑張ればいいのか分からず、人生を迷走していました。
何とか無事に?学生生活を終えた私は、技術の習得の前に、まずは「純粋に音楽を楽しんでいた、もとの自分に帰る」必要があったのです。それにはとてもとても長い時間を要しました。今思えば、とても苦しかった、、、かな?(笑)


そんな、重症な私がどうやってそこから抜け出したか!


それは、ポーランド・ワルシャワで5年に1度開催される、ショパン国際ピアノコンクールでした。
2005年、遠く離れた日本にいる私は、ライブ中継(時差で真夜中)を半分寝かかりながら見ていました。何人かの演奏を半分夢の中で聴いていました(笑)


で、出会ったのです。



ブレハッチの弾く「小犬のワルツ」でした。



世界的コンクールで小犬のワルツ??と思いながら、演奏が始まるや否や、私は彼の音楽に吸い込まれました。


そして、号泣。


もう理屈なんてなくて「ショパン!!」って思ったんです。「わぁ~!!」って。こんな感覚は初めてでした。
明らかにその時点から、自分の中の何かが大きく変わりました。
その日からの自分の行動が、今現在の自分に繋がっていることを全身で感じています。
(実際その数か月後に渡欧、色々なミラクルが重なり、ご本人と直接対面。あの時の感動を直接熱く伝えることができたのでした。)


日本という枠から抜け出す機会もあり、西洋の先生方の生み出す音楽を浴び、今まで聴いたことのないような響きに驚愕し、たくさんの感動体験をし、共に切磋琢磨する友人たちと出会いました。これらの体験があり、少しづつ、本来の自分を取り戻して行ったのです。


その後はひたすら《技術の再構築》を地道にやってきました。奏法を研究されている大野真嗣先生にも出会い、音楽に対してかなりシビアな先生だと認識していますが、私の感受性をとっても褒めて下さり、「奏法を変えないと勿体ない!」と。お教え頂いたことを自分の中に落とし込むために努力することは、とても楽しいものでした。何故なら、どんどん上手くなるからです。技術が磨かれることを、体で実感できるのです。そうなると、自分のやりたい音楽がどんどんとコントロール出来るようになっていくので、さらに磨きたくなる。そして、楽譜に書かれている音が立体的に読み取れるようになり、作曲の中身のようなものが見えるようになって行ったのです。


技術=奏法 です。
奏法は、歌で言うところの「発声」です。
体の使い方です。


豊かな音楽性を持っている、感受性に優れている方こそ、技術=奏法を知り、磨くべきなんだと、声を大にして言いたいです。何故なら、その溢れる感受性を音楽で表現するには、確かな技術が必要だからです。感覚やイメージなど、抽象的なものだけで弾いていくのには、やはり限界があるのです。私は、私が経験し、学んできた全てをお伝えして行きたいと思っています!

最後までお読み頂き、ありがとうございました m(__)m

  小ノ澤幸穂ピアノリサイタル 2017年11月26日(日)
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