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ピアニストな日々。

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往年のピアノが教えてくれたこと

たくさんの年代物のピアノを弾かせて頂きました。訪問は何気に3回目です!
所有者でいらっしゃるのは、調律師・名取孝浩さん!
数々の名器がそこはかとなく置かれており、圧倒されるわけですが、本日家主不在(笑)
私ひとりで、数々の名器ピアノさんと3時間ほど対話させて頂きました。

   

1840年製のプレイエル
(ショパンが愛したプレイエル。年代的にも近いですのでまさにこの音でショパンは弾いていたと思っていいだろう。コントロールがとても難しい楽器で、鍵盤も浅い。腕の重さもかけられない。かといって指先を固めると音も固くなる。プレイエルの繊細な表現を弾き出すには、弾き手が指1本1本、自らの神経をどこまで研ぎ澄ませるか、にかかっていると感じた。他のピアノさん達が、こちらに寄り添い、こちらの想いを弾き出してくれる感じなのに対して、プレイエルは違う。プレイエルは、こちらがご機嫌を見て、色々な角度から探り、ご挨拶をしながら少しづつこちらを好きになってもらわないと、美しい音を出してくれない。「一番美しい音は、あなたの繊細さ次第よ!」と言われているような気がした。ショパンが好んだのも納得。生徒に厳しかったのも納得。。)





他にも、色々弾きました!写真ないけど(笑)
感想のみで想像してください!!←弾くことに夢中+写真を撮る体力が残らなかった。


1890年製のエラール
(響きの透明度が凄い!シャラ~ンと清流のような音。そして、何よりとても弾きやすい!現代のピアノに通づるものを感じた。時間があればドビュッシーをたっぷり弾きたかった。)


ケンプが最後に所有していたベヒシュタイン
(もちろんベートーヴェンを弾いた。緩徐楽章での音の伸びと変化が凄い。響きを通して声が聞こえてくるようで、鳥肌が立った。こちらはただ音を聴いてそれに乗っかっていくだけで音楽が進む、そんなピアノ。あえてペダルはいらない。響きの余韻が美しい。一番のお気に入り!!)

クララ・シューマンの頃のグロトリアン
(月光を弾いてみた。冒頭の音で、自分の出した音に魂が宿り、ピアノが鳴る。低音の響きが声として聞こえてくる。凄すぎて身震い。時間があればシューマン・ブラームスをこのピアノで弾きたかった。クララは二人を愛したように、このグロトリアンの音色を愛していましたね。想像するだけで恍惚とする。)


それぞれの個性を堪能しました。


共通するのは、音の消え方の美しさ


音の余韻が、呼吸として聞こえてくるんですよね。
なんかもう、生きている。そう、それだ。
ずっと考えてたんですよね。帰り道。
楽器の性質として、機械的には弾けない、存在感がそこにある。


現代のピアノって、時に音が揃いすぎてますよね?
あの均等感が、演奏を機械的なものに繋げてしまう要因の一つかもしれないなぁ。
当時のピアノは、1音1音の表情の違い、不揃いが美を生んでいて、そこに命を感じる。


ペダル。


ペダルを踏んで、弦が解放された時の響きは、またどれも美しく、音がまどろみ、決して濁らないのです。
それは平行弦であったり、そもそもの型における木の作りが違うこともあるわけですが、理屈はどうあれ、美しい。。
工夫して色々試したくなりましたね!どんどんと表情が変わるので。
現代のピアノにおいて、ペダルは、かなりシビアに踏み変えなくては音の洪水になってしまいます。
そういう意味では、現代のほうがペダルのリスクが大きいように感じました。


帰り道、色々考えていました。
言葉にできない感覚にとらわれ、ところで私は、何がしたいのかなぁと・・・


それは単純だけど、難しく、でもきっとできると思う。


どんなピアノでも、生きている音を出したい。
往年のピアノたちが、私に教えてくれました。


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